Sunday, April 17, 2011

怒涛の春

怒涛の春!
3月頭にフィリピンから帰って来てから、
久しぶりの日本の春にまどろむ暇もなく、
韓国、上海、香港と飛び、
気がつけばLAのモーテルでこのブログを書いてる。
いろんなことがあっという間に過ぎて行った。

LAには5日前に着いて、これから6ヵ月、海外営業としてLA駐在が始まる。

まめに3,4月で起きたことをブログに書けばよかったのだけど、
書きたいことが溜まっているんで、今回はまとめて書きます。

・フィリピンから帰国

10ヵ月のフィリピンオフィス立ち上げが終わり、
自分のパートを引き継いで日本に帰って来た。
うちのオペレーターをはじめ、Couchsurfingの友達から、
現地の日本人の方まで、いろんな人に送別会をしてもらった。

フィリピンではいろんな面白い経験をさせてもらったけど、
本当に面白いタイミングで面白い出逢いがあった。
家族みたいに扱ってくれるフィリピン人と、
とんがってる現地の日本人に囲まれて、すごくいい時間を過ごせたと思う。

「世界一のオペレーションセンターになる」
というビジョンを掲げ、10ヶ月立ち上げ業務をやってきた。
まったくのゼロからのスタートだったので、
我流に走りすぎていろいろと痛い目にあったりしたけど、
「海外でチームを作る」といういい経験をさせてもらった。
アジアでビジネスをするという自分のゴールに少しは近づけたかと思う。


・韓国、中国出張

帰国して、久しぶりに日本の友達と飲みに行ったり、キャッチアップの日々が続いてた。
ある日うちの社長と飲みに行ったときに、
「アメリカで営業にでる前に一回韓国、中国のオフィスに行った方がいいんじゃない?」
という一言から、その3日後に韓国に飛び、5日間の弾丸韓国、中国出張をしてきた。
このスピード感。ベンチャーならでは。

でも実際、今回の出張は会社に全く利益を生まない、要は単なる「見学」。
罪悪感と感謝を感じつつも、現地スタッフにひたすらヒアリングを重ね、
家庭訪問させてもらったりと、マーケティングリサーチをしてきた。
細かいことはまた別途書くつもり。


・姉の結婚式@沖縄

なんと。うちの姉が結婚した。
姉とは年が近いため、僕は彼女からすごく影響を受けてきた。
彼女は高校卒業してすぐアメリカの大学に行ったり、世界各地を旅行したり、
大学卒業後は香港で働きだしたり、世界を駆け回ってる人。
そんな姉をみて、海外というものに僕は自然と興味を持つようになったんだと思う。

僕が努力肌な人間に対して、姉は天才肌で、
あらゆることを要領よくこなし、自分のやりたいこと、行きたい道をスイスイと開拓していく。
身長150cmくらいなのに、僕から見える彼女の背中はでっかくて、
世の中で一番尊敬している人。

そんな彼女が結婚。
沖縄で両家の家族だけで、こじんまりとした、でも暖かいいい式だった。
式直前までは僕は全然実感が湧かなかったのだけど、
父親と姉がバージンロードを歩いているのを見て、さすがに家族一同号泣。
ちなみに弟は僕の隣で感極まって、極まりすぎて、鼻血をだしてた。


・シェアハウスで居候@中目黒
日本に帰ってきて、満員電車での通勤というものが嫌で嫌すぎて、
もう我慢ならん!ってときに友達が
「中目黒でシェアハウスしてるから泊まっていいよ」と誘ってくれた。

中目黒から徒歩10分程の住宅街にある普通の一軒家で、
男3人、女2人、居候2人の賑やかな家。
住人は出会いやイベントが大好きな人達で、
イベントのミーティングをしたり、家飲みをしたり、いろんな人が居候したりと、
家を出会いの場としてフル活用してた。

ルーム/ハウスシェアって学生だけがするもの、みたいなイメージがあったけど、
社会人でもやろうと思えばできるもの。
住む人によるけど、純粋に楽しそう。
僕もどこかに長期滞在することになったら絶対やろうと思った。


・週末香港旅行
アメリカに行ったら少なくとも6ヶ月は帰ってこれないので、
彼女、姉夫婦に会うために先週末香港に行ってきた。

香港ディズニーランドも初めて行った。
世界に5つあるディズニーリゾートで唯一の赤字になっているらしい。
中国人観光客がメインのターゲットなのに、
上海にも新しくディズニーが開園されることが決まり、益々厳しい香港ディズニーランド。
ポジショニングが中途半端なのは否めない。

香港は姉がいるせいでもう何回も行ったことがあるのだけど、
行く度に香港のグローバルさに驚かされる。

歩道橋やビルの日陰に段ボールを敷いて、終日お喋りするフィリピン人のお手伝いさん。
金融系と思われるびしっとスーツに身を包んだ欧米人。
公園でスカーフで顔を覆ってバギーカーを押すイスラム人。
ブランド品やディズニーランドの紙袋を大量に持って街を闊歩する本土の中国人。
偽物の時計を道端で売りつけるインド人。

お世辞にもバランスのとれたグローバルさ、とは言えないけど、
香港のいろんな人種、価値観の混ざったカオス具合が個人的には好き。
でも悲しいことに今回はディズニーランドでカメラをなくしてしまった。
ショック!でもiPhone4買ったからいいけどね。でもショック。


・アメリカ到着

ついに来た。LAに来た。
自分のポジションが海外営業でありながら、
フィリピンでオペレーション業務をしていたので、全く営業活動をしなかった1年目。
この4月からついに営業デビュー。
といっても当分は先輩のサポートや既存クライアントのフォローアップを担当予定。

アメリカの大学を卒業して、フィリピンでも英語で業務をしていたけど、
自分のビジネス英語なんてまだまだだし、
営業としても何も結果をだしたことがないので、正直ビビる。
でも、まぁやるしかないので、
この6ヵ月はひたすら営業としてイチから学んでいこかと。

それにしても来てから1週間、LAとSFのギャップに正直戸惑ってる。
どこでもバスで移動できたSFに比べ、車がないとどこにも行けないLA。
アジア人移民が多く多様性に富んだSFに比べ、ハリウッド的で白人文化丸出しのLA。
同じアメリカでもこんな違ううんだと実感。

このでっかいアメリカで自分がどこまでやれるのか、
まずは仕事にプライベートに体当たりで挑戦していこうと思う。

You are what you do, not what you say
行動あるのみ!

Sunday, March 20, 2011

【映画レビュー】127 Hours

フィリピンから帰ってくるときに観たノンフィクションドキュメンタリー。
グランドキャニオンでトレッキングしている際に転落事故に遭い、
そこから127時間、「生きたい」という執念をただひたすら持ち、
もがき苦しみ、サバイバルし、
そして生きるか死ぬかギリギリのところで救助されるという壮絶なストーリー。


自分の腕に大きな岩に挟まれ動けなくなり、
最終的にはアーミーナイフで自分の腕を切るという、
生きる執念を生々と描いた作品。
フィリピンで映画を見てる際に気絶した人がいたとかいないとか。



ちなみにこれが実際に事故に遭われたAron Ralston本人。
地震の後、「生と死」に対して凄く敏感になっているこの時期に、

人の「生きたい」という執念を強く感じる作品。






Saturday, March 19, 2011

東北関東大震災MTG @豊洲

東北関東大震災から10日近くたって、
まだまだ復興には程遠く、ニュースを通して悲痛な話が流れてくる。
そんな被災者達に対して自分達はいったい何ができるんだろうと、
驚くくらいに日本人全員が考えているのをネットの動きをみていると感じる。

歌手は歌を歌って、画家は絵を描いて、ビジネスマンはアイディアを出す。
特にずば抜けたスキルを持っていない一般の人でも、
ソーシャルメディアを使っていろいろなムーブメントを起こしている。

例えばこのHOPEというfacebook pageは、
ネットに落ちている被災者の方々を元気づけるようなリンクを集約するためのコミュニティ。
こんな活動がいま世界中で毎日何十個も生まれている。

そういった中で昨日、TEDxTokyoのときにお世話になった竜太さんの呼びかけで、
豊洲にあるアパートのラウンジで僕たちはこの震災に対して何ができるのか話し合うMTGがあった。



実際に被災されたいわき市の人達をはじめ、
海外NPOのAllhands.orgの代表、
広告代理店の社会貢献部門で働いてる人、
独自で動いているクリエーターまで、いろんな人達が集まった。

いろいろ感じるものがあったので以下備忘録的メモ。
・震災援助にはフェーズがある
  人命救助→ライフライン構築→復興支援

・一次情報を得ようとする人が少なすぎる
 ニュースや新聞は震災の全体像を伝えていない
 逆に被災地で情報が限られる中、マスメディアが被災地を混乱させている

・募金だけでは復興はされない
 Building codeや土地の利権の整理など、復興のルールを早く決めないと、
 お金があっても物資があっても復興は進まない。Haiti, Hurricane Katrinaのときはそうだった。

・現地で実際何が必要なのか把握しないと何もできない
 ニュースや又聞きの情報を元にアクションを起こしても、
 被災地の復興には何も役立たない。だから、現地に話を聞きに行けるようなガッツのある人がいないと何もできない。

・アイディアだけでなく、いま自分が何ができるのか真剣に考える
 じゃあ実際、自分はどれだけの募金を集められて、どんなスキル、コネクションがあるのか、
 それを整理することが復興アイディアを出すことより先。

・被災地全体を一気に復興させるのではなく、1つコミュニティを選んでそこから集中的に復興する
 一般人ができるのは、MacroではなくMicroのレベル。
 1つ支援できそうなコミュニティを見つけだして、そこを中心に復興活動を行う。
 そこが復興され始めたら他のコミュニティへ徐々に進めていく。

まとめ
被災地復興を切り分けると
・ Long term と Short term
・ Macro level と Micro level
の2軸があるかと思う。

そこで僕達みたいな小さなコミュニティが一番うまく関われるのは、
Long termとMicro level。長期的な視点で個人・コミュニティ単位での支援。

そのアプローチとして、昨日はクリエーターさん、広告プランナーさん、海外NPO代表など、いろんな立場からのアイディアがでた。
広告代理店が政府と組んで東北のイメージアップをするとか、
現地から東京に避難してきた人達の相談サービスを作るとか、
極端なのは、フェリーをレンタルして物資を個人で運ぶ、などなど。

でも、僕個人が一番共感したのは、
Allhandsの人が言っていた以下のようなアプローチ。
1. 現地に行って支援可能なコミュニティ探し
2. 支援を決定したコミュニティで、いま何が必要なのかヒアリング
3. ヒアリングに基づいて、必要な物資、サービス、運送手段のリストアップ
4. Deadlineを切って、3を用意するためのファンドレイジング
5. 支援開始

アプローチがすごくロジカルだし、
これまでHaitiやHurricane Katrinaで支援をしてきた復興プロフェッショナルだけあって、
さすがこの分野のエキスパートという感じだった。
ただ話を聞く限りだけど、海外のNPOの人達ってやたら偉そうで、
「こうあるべき」っていうアイディアを押し付けすぎる傾向がある。
NPOだけじゃなくて、欧米のビジネスマンって大抵そうだと思うけど。
だから、田舎のお爺ちゃんお婆ちゃん、
あとそのコミュニティのトップである役所の人達と海外NPOがうまくやれるかは正直よくわからない。
そこは唯一の不安。

自分みたいな「復興支援をしたいければ、会社があるから本腰を入れられない」
という人達は世の中に結構いっぱいいると思う。
しかもクリエーターでもプログラマーでもないから、これといって何かモノを作れない人達。

じゃあ、そういう人達ができるのは募金だけなのかというとそうでもない。
もっとうまい支援の仕方は必ずある。
例えば、赤十字とかに漠然と募金するのではなく、
自分が共感できるNPOや団体を見つけ、それらを積極的に応援する。
また、自分が生み出せるリソースは何なのか真剣に考えて、
業務時間外や週末の時間を少し使って、その団体をサポートする。
そういう風に受身ではなく、少し姿勢を前のめりにするだけで、
もっともっと復興のスピードは速くなるはずだと思う。

もし被災地の悲惨なニュースを読んで心が痛くなるなら、それを是非アクションに移そう。
もし既に支援活動をしているなら、受身ではなく前のめりな支援を。

Sunday, March 13, 2011

東北大地震いまできること

もはや日本だと思えない。
地震、津波、被ばく。
世界の終わりみたいな光景がニュースで次々と流れている。

いま僕達にできることは何か?
いまネットではそんなトピックで持ちきり。
まとめると大きく2つしかない。

1つ目は募金。
こことか、ここに国内、海外の募金サイトがまとめられている。
僕はGrouponにいくらか募金した。
200円募金すると同額をGrouponを出してくれるという仕組みで、
いまの時点で世界中のGrouponサイトで77,432,800円募金されている(内半分がGroupon)
正月のおせち騒動にスーパーボールの広告問題で社会的に叩かれてるGrouponだから、
今回これだけの力を入れてるんだと思う。
どこまで本当にできるのかわからないけど、対応の早さ、世界中から募金が集まっている事実を見て僕も募金した。

脱線したけど、いま募金サイトはfacebookを始め、ネットで乱発している。
でも、やはり大手の機関を使った方がいいらしい、理由は以下の2点。
1. 騒動を狙った詐欺などに合わない
2. 大手の方がスケールメリットがある
→募金活動に慣れている
大きい機関を使った方が人件コストの削減になる

現金の募金だけでなく、
ECナビTポイントみたいにオンラインポイントを募金できるところもある。


もう1つは節電。
またブログでの伝聞だけれど、家電で使う電気は以下の通り。
・エアコン(2000-5000W)
・ハロゲンヒーターなどの暖房器具(500-2000W)
・ホットカーペット・電気毛布 (500-1000W)
・炊飯器(1000W程度)
・電子レンジ(1000W程度)
・ドライヤー (1000W程度)
・掃除機(1000W程度)


寒さも大分和らいできたこの季節、
エアコン、ヒーターなどをあまり使わないで、厚めの服を着て過ごすだけでも、
全体の使用量が大分変わってくるはず。

こんな大惨事がおきて、ただニュースを見ているだけの自分にハッとした。
無関心が一番の罪。
小さなことでも出来ることは全てしよう。

Friday, March 4, 2011

フィリピン最終出社日



今日でPOC勤務も最終日。
でもリアリティはなくて、来週の月曜もいつも通りこのオフィスで働いている感じがしてならない。

思えば、去年の5月に業務知識も殆どなければ、
そもそもフィリピンで何をするのかもよくわかってないままこっちに来た。
当初のオフィスは、韓国のオンライン英会話の会議室を間借りしていて、
5~6人でもういっぱいになるような広さだった。
エアコンも決まった時間にしか動かなくて、たまにビル全体が停電したりもした。
朝、薄暗いオフィスに入って電気をつけると、
部屋の隅にさぁーっと逃げていくゴキブリを横目に扇風機のスイッチを入れる、そうやって毎日が始まっていた。

でもそのオフィスで約3ヵ月、上田さんと毎晩喧嘩に近いような議論をして、
いまのオペレーションセンターの基盤になる仕組みを作り、
面接、インターンシップを重ねて人を雇い、
社員とのコミュニケーションを何よりも大切にしてきた。

経験もなければ知識もないので、
全てが手作りの組織で、毎日が綱渡りのマネジメントだった。
ITビジネスなのに半日ネットが全く繋がらなかったり、
面接で不合格だったのにインターンに無理参加しようと泣きながら訴える人が来たり、
一番信頼していたオペレーターが突然辞表届を出してきたり。
毎日何かしらのトラブルがあって、その度にアタフタしていた。

でも、いまPOCの中心になっているSupervisor 6人は全てが、
そのオフィスとも呼べないオフィスの時からうちに入ってくれた子達。
フィリピンでトップの大学を卒業して、他の大企業にも行こうと思えば簡単に行けるはずなのに、
POCで働くことに楽しさを、意義を感じてくれている。

いまPOCでは、
12人の優秀なオペレーターが24時間見積対応を行い、案件運用ももうすぐ週7日稼働になる。
クライアントには時差の問題なく安定したオペレーションサービスを提供でき、
従来セールスが対応していた業務の9割以上を既にPOCが巻きとっている。

以前、日系企業の人と話したとき、
一般的にフィリピンにオペレーションを移しても、
社員の育成が大変だったり、すぐ人が辞めてしまったりで、
ちゃんと機能するようになるのに数年かかると言っていた。

でもうちはそれを1年以内で作り上げて、
しかも、ただのアウトソース拠点ではなく、
「世界最高のオペレーションセンターを作る」というビジョンの基、
フィリピン人社員によって主体的に運営され、カイゼンされるスキームもできつつある。
まだまだ強化しなきゃいけない部分はたくさんあるけれど、
POCのメンバーなら更に凄いチームを作ってくれるはず。

POCが立ち上がり、大量の案件を受注しても運用していける仕組みは出来上がりつつある。
あとは、営業がどれだけクライアントからプロジェクトを持ってこれるかにかかっている。
それがこれからの僕の役割。

3月いっぱいは日本にいて、4月からLAの営業チームに加わる。
環境が変わっても、働く人が変わっても、僕がやることは同じ。
それは、いま自分の目の前にある仕事を極めること。

愚直に前進あるのみ。