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Saturday, November 20, 2010

プロフィール・経歴

岡 拓也(OKA TAKUYA)

【自己紹介】
・ 1985年10月1日生まれ
・ 横浜生まれ、横浜育ち

【これまでの活動・経歴】
・ 山手学院中学校・高等学校で6年間野球部所属
亜細亜大学夢カレッジ(キャリア開発中国プログラム)に第1期生として参加
・ 大連外国語学院漢学院に6ヶ月留学
・ 大連富士電機有限公司でインターンシップ(工場でモーター作り)
・ 亜細亜大学を中退
・ アジア諸国をバックパッキング(中国→ラオス→タイ→カンボジア)
日中交流学生団体freebirdで団体運営、イベント開催@上海に携わる
・ 中国をバックパッキング(南京、桂林、西安)
・ University of San Franciscoに編入
・ 大学内掲示板サイトUSFlistを個人製作、立ち上げ
・ ヘッドハンティングファームICPAでインターンシップ
JTAPシリコンバレーカンファレンス2009に参加
・ インドをバックパッキング(バンガロール、ムンバイ)
・ University of San FranciscoをEntrepreneurship選考で卒業
株式会社ECナビ(現Voyage Group)に入社。子会社Research Panel Aisaに配属
TEDxTokyoにサポーターとして参加
・ フィリピン、マニラで24時間稼働のオペレーションセンターの立ち上げ
・ LAの営業チームにジョイン
・オペレーションチームの拡大のため、再度マニラ駐在
・Startup Weekend Manilaで3位入賞、Best Windows Phone Startupに選出
・2012年12月にVoyage Group及びResearch Panel Asiaを退職
・ベトナムのホーチミンで食品のeコマースサービスを立ち上げ中 [いまここ]

【このブログについて】
ベトナムでの事業立ち上げをメインにあれこれ書いています。
(フィリピンで働いていた頃の記事も一部残っています)

Sunday, October 17, 2010

いま何をしているのか

ブログを書き始めたのはいいのだけど、
自己紹介というか、僕がどんな仕事をしているか書いていなかったので、
ここで簡単に説明しようと思う。

働いている会社はResearch Panel Asia (RPA)といって、
価格比較サイトECナビの子会社で、オンラインマーケットリサーチ事業を主に運営している。
設立は2009年でまだ1年そこらしか経っていない若い会社。
事業は簡単にいうと、ユーザーにネットでアンケートを配信して回答してもらう、ネット市場調査事業で、日本でいうとマクロミルとかが有名。
うちは日本だけでなくアジア(主に日中韓)にユーザーを持っていて、
クライアントは欧米企業という、日本のベンチャーにしてはかなりグローバルな事業。

僕はRPAに今年の4月に入社して、
5月からフィリピンでオペレーションセンター立ち上げに関わらせてもらっている。
クライアントが欧米企業ということもあって、クライアント対応は全て英語で行われるのだけれど、
日本の会社、しかもベンチャーということもあって、
プロジェクトの見積対応や、受注した案件の運用などオペレーション業務が、人的リソース不足で回らない。
じゃあ、もうアウトソースするしかないということで、
同じアジア圏で、しかも英語が堪能な人材の多いフィリピンに、オペレーションセンターを立ち上げることになった。

iMergeというフィリピンで10年以上経験を持つ会社がBPO支援として付いてくれているのだけれど、
彼らの立ち位置は
基本的にアドバイザーのような感じで、
僕達RPAの社員が、採用からスタッフ育成、制度、評価体制作りまで、
組織作りをイチからしているという状況。

5月から僕は上司と2人で立ち上げ業務を開始したのだけど、
最初は、現地の韓国系オンライン英会話のオフィスにある会議室を借りて作業して、
ゴキブリはでるわ、電気は止まるわ、隣りのオフィスからの騒音がすごいわで、てんやわんやな感じだった。

最初からオペレーションセンターのポリシーとして決めていたのは、
従来型の単にシステマチックなアウトソース拠点としてのオペレーションセンターを作るのではなく、
単純なルーティンワークが多い作業だからこそ、
Zapposのような、アットホームな、クリエイティブな組織を作っていくということ。
長くなってしまうのでここでは書かないけど、
そのためにオペレーターの採用と会社のカルチャー作りには本当に力を入れてきた。

その結果、1人、2人と優秀な、そして信頼できるメンバーが増えてゆき、
いまでは9人のオペレーターを抱える、いっぱしの組織になった。
オフィスも新しく移り、内装デザインは全員で一緒に考えた。
クライアントとの時差対策として、
当初から予定していたオペレーション業務の24時間稼動も9月から開始した。

5月にフィリピンに降り立った日からもう5ヶ月が経った。
業務を回すことでいっぱいいっぱいだった立ち上げ時期は、
いわば飛行機の「離陸」のフェーズのようだったと思う。
今は、今度はそこから「安定飛行」に持っていく時期、
つまり、できた骨組みに肉付けし、より筋肉質な組織にするフェーズ。

だから最近組織作りって何なんだろうとよく考える。
業務フローや、評価制度、採用プロセスを考える「仕組み作り」も組織を作ること。
オペレーターの悩みを聞いたり、それに対するケアをする「カウンセリング」も組織作りの一環。
フィリピンの国民性にあったチーム作りをする「異文化理解」も組織作りには欠かせない。

オペレーションセンターの業務がいまは順調に回っているように見えても、
組織という足腰が強くないと、いつかガタがきて崩れてしまう。
実際、先週の金曜も突然オペレーターから電話がきて、泣きながら悩みを打ち明けられた。
組織としての未熟さ、そして自分のマネジメント力の至らなさを痛感した。

個人的には「立ち上げ業務」はもう終わったのかなと思ってる。
いまは、ここフィリピンでいかに逞しいチームを作るかという「組織作り」が主な仕事。
だからこのブログでも「チーム」とか「組織」について暫く書くことが増えそうだし、
もっとチーム作りについて、マネジメントについて学びたい。

とりあえず、ブログはもっと書こうと思う。
書くと考えもまとまるし、やっぱり情報発信は大事だし。

以上。現状報告でした。

Sunday, June 6, 2010

アジア人

いま、マニラの市街地にある滞在しているコンドミニアム、Malayan Plazaの33階でこのブログを書いている。
この階はwifiの使えるちょっとしたビジネスセンターになっていて、
窓からはマニラの高層ビル群、コルフコース、ショッピングモールが見渡せる。


思えば入社して1ヶ月、新人研修が終わり、いまの部署に配属されていきなり言い渡されたマニラ出張。
クライアントの9割が海外(特に欧米)なので、オペレーション業務を英語ができて賃金も安いフィリピンにアウトソーシングするため、
オペレーションチームをここマニラで立ち上げようというプロジェクト。

こちらに来てからは、上司と2人で傍から見れば喧嘩のような議論を毎日交わし、
先週の金曜で何とか第一回目の従業員研修が終わり、この週末はひさしぶりのゆっくりとした時間を過ごせている。

嵐のような忙さが過ぎ、一息ついて、
何で自分はここにいるのとか、自分は何をしようとしているのか改めて考えてみた。



サンフランシスコの大学に在学中、
就職活動にさしかかり、「自分は将来、国にも、会社にも、上司にも左右されない、自由な人生をおくるんだ」、「その為には個で生きる力が必要だから、ベンチャーかコンサルに入りたい」なんて安直な理由でいわゆる"シューカツ"をしていた。

でもそもそも、その「自由」という概念自体が曖昧すぎて、
案の定「将来何をしたいのか」というところでつまづいた。
考えて、考えて、結局わからず。
最終的に、何をしたいのかではなく、どんなライフスタイルを送りたいのか、
どんな人と、どんな環境で、どんなことを話しながら仕事をしたいのか、
という将来の在りたいライフスタイルのイメージを就活の軸に切り替えた。

そこで強烈に持っていたのが「アジア」というキーワード。
もの凄い勢いで成長している市場で、
頭のいい面白い人たちと、
仕事もプライベートもワクワクするようなことをして生きていたい。
そんな思いを中心に動いていた。

熱帯のアジアの国のどこかで、
綺麗なビーチを前にラップトップで仕事のメールチェックしてる姿とか、
エアコンの効いたスタバでミーティングしてる姿とか、
夜は熱気漂う夜市でがっついて晩飯を食べてる姿とか、
就活の後半は、そんな姿を妄想してばっかりいた。



そもそも、この「アジア」にこだわっている理由の1つは単純に楽しそうだからなんだけれど、
もう1つ、自分をそれに駆り立てたストーリーがある。

2006年の夏、僕は上海で日中大学生の正しい相互理解のための合宿を運営する学生団体に所属していた。
その合宿イベントも無事終わり、友人と2人で南京へ列車旅行をした。
南京は日中の過去を語るうえで欠かせない場所であり、一度は行ってみたいと思っていた。

南京には抗日歴史博物館という、戦時中の日本の南京虐殺についての博物館があったり、
街全体も反日色が未だに強く、中国人の友達には行くのを止められた程。
実際、行ってみるとゲストハウスで日本のパスポートを見せたら宿泊拒否されたりしたけど、特に他に危険はなかった。でも、僕達は街を歩くだけで緊張し、終始何かとピリピリとしていた。

結局3日程滞在し、上海へ帰る列車に乗り込むころには緊張でヘトヘトになっていた。
正直、上海に着くまでの時間は寝ていようと思ってたのだけれど、
隣に若い中国大学生が乗り込んできて、また少し気を張ってずっと窓の外を見ていた。
すると彼の方から、「これ食べるか?」とポテトチップスを渡された。
そこから少しずつ、何で日本人が南京にいるんだということから始まり、
自分が中国に留学していたことについて、
彼が勉強していることについて、話が進み少しずつ打ち解けていった。

話は自分がしていた日中交流団体について、
歴史問題について、たどたどしい中国語のコミュニケーションではあったけど、
お互いの意見を言い合って、2時間近く話していた。
彼は南京と上海の間にある大学院で勉強しているらしく、
その日は南京にある実家から学校の寮に帰るところだったらしい。

彼が降りる駅が近づくと、
「確かに日本と中国は暗い歴史があるけど、僕たちはアジア人だからね。将来は協力しあうべきだと思うよ」と言って列車を降りていった。
アジア人、中国語でいうと亜州人。
その言葉を聞いて、今まで悶々と考えていたことがふっと解けた。
それと同時に「日本人はこうで、中国人はこんな感じ」と考えていた自分って何てちっちぇえんだと衝撃を受けた。
腑に落ちる感覚というのか、当時20歳の自分にはその一言からもの凄いパワーを感じたし、衝撃を受けたことを覚えてる。

その日から、アジアというのはただのカテゴリーではなく、僕にとってのアイデンティティになっていた。
そして、アジアというものをもっと知りたくなって、中国、ラオス、タイ、カンボジアを2ヶ月かけてバックパッキングした。
サンフランシスコでもフィリピン人やシンガポール人のルームメイトができたり、
やっぱりアジアという考えは常に自分の身近にあった。

最終的に、いまの会社で働こうと思ったのも、
Empower People, Empower Asiaというビジョンの通り、
アジアを拠点とするのだけではなく、アジアの人を豊かにするためにビジネスをしている。アジア人というアイデンティティを持った会社だからだ。
だから、いまこうしてマニラでしていることに凄く意義を感じている。
僕はこのアジア、アジア人というアイデンティティを人生を通して何らかの意味ある形にしていきたいと思っている。


このブログを書こうと思ったのは、この複雑でカオスなアジアというものを、
自分の人生をかけて体当たりして、学んだ経験を蓄積、他の人にも発信していきたいと思ったから。

これまで何度もブログを立ち上げたりしたけど、飽きやすい性格で続かなかった。
でも、このトピックについては書いても書ききれないので、今回は諦めず書き続けるつもり。

仕事もプライベートもひっくるめて、ここに僕のアジアというライフスタイルを発信していこうと思う。